yamaさんブログ

好きなものの好きな理由をなるだけ丁寧に書いていくブログです。

あだち充の傑作 『H2』 ー主役4人の心の動きを考えてみるー

2020年の4月に、サンデーうぇぶりの広告で『H2』を目にした人は多かったのではないでしょうか。
私もその一人で、懐かしさを覚えると同時に、広告で表示される数コマを目にしただけで、続きが気になって仕方がない。
名作と呼ばれる作品は、始めから見なくても、どこを切り取っても面白いと言いますが、H2もまた例外ではないでしょう。
広告の効果は絶大で、数日後、文庫版H2を20冊大人買いすることとなりました。


私が初めてH2を読んだのは、15年程前になります。
ちょうどワイド版が刊行されていて(毎月2冊ずつだった気がします)、発売と同時に読み進めていました。
あまりの面白さに何度も読み返したのを覚えています。


15年経てば人間には多少なりとも変化があるはずです。
初見とは違う感じ方もあるかと期待して読み進めていました。
改めて読んでみると、作品に対する感じ方、見方が変わってきた部分があり、そのあたりを書き留めておこうと思い立ちました。



▪️解釈の別れるラスト


H2のラストでは、主人公の比呂と英雄が甲子園の決勝戦で対決します。それは、純粋にピッチャーとバッターとしての勝負だけではなく、ヒロインのひかりを巡る恋愛での対決も重なっています。


勝負を経て、ひかりにもう一度選ばせる。
甲子園での対決を前に、ヒデちゃんがそう言い出すんですね。


いろんな人の気持ちが幾重にも重なって決勝戦を迎えます。試合の決着は付くものの、最後の一球の場面や最終話の描かれ方が余白の多いものになっていて、比呂、英雄、ひかり、春華、それぞれの気持ちや想いは、想像をめいっぱい膨らませても量ることが難しい。


物語の解釈は人それぞれでいいものですし、答えがあるとすれば、それはあだち充先生の頭の中にだけでしょう。人の気持ちを他人が推し量ること自体が野暮と言えるかもしれない。
それでも、好きな作品についてああでもないこうでもないと語り合うのはやっぱり楽しいですよね。
想像して、気持ちに寄り添うことで、より一層キャラクターたちのことが好きになれると思います。


今回のブログでは、
H2におけるヒーローの比呂と英雄、ヒロインのひかりと春華、この4人の恋愛模様、心情の変化について私の解釈と、それを踏まえてH2のラストについての考えを書いていきたいと思います。

こうに違いない!とか、解釈の決めつけを行いたいのではなく、あだち先生の意図やキャラクターの心情を少しずつ汲み取って、H2をより楽しみたいという企画です。

4人の心情を追いながら、場面ごとの私なりの解釈を述べて、ラストの考察に繋げていくというのが、大まかな流れと今回の趣旨になります。




▪️ひかり派?春華派?



H2に関する書評や感想、ブログなどを見ていると、「H2が一番好き」、「あだち充の最高傑作」という意見が多く見られます。
私も同意見で、H2が本当に大好きです。


また、数あるあだち充作品に出てくるヒロインの中でも、雨宮ひかりが断トツで好きです。
浅倉南よりも、水谷香月や二ノ宮亜美よりもです。
異論はもちろん認めます。ひかりは口が悪いところがありますからね。どっち着かずな態度がイライラする!なんて声も聞こえてきそうです。


そもそも派閥なんてものに意味はない気もしますが、せっかくヒロインが2人いるのですから、どうしてもどちらかの肩を持ちたくなるのが人の性であり、好きなところを言い合うのも醍醐味ですよね。



せっかくですので、ひかりについて少し書いてみます。
(本論から大きく脱線するわけではないです)

私はH2を初めて読んだときから、ひかり派で、これにはいくつか理由があります。

まず、です。

え?あだち充の漫画で顔って?
いやいや、顔は大事ですよ。
歴代主人公の顔が難問としてクイズにされているのも知っています(当然判別出来ません)が、あだち先生のキャラクターには表情がきちんとありますし、表情や視線で微妙なニュアンスが表現されています。
心を揺さぶる数々の名シーンには台詞がないことの方が多いんじゃないでしょうか。それくらい、細かいところにこだわりを持って描かれていると思います。


まあ顔もそうですし、髪も長い方が好みというのも手伝って、見た目的に春華より、ひかりの方が好きです。



▪️『H2』というタイトルの意味



今回、読み直してまず初めに感じたことがありました。
それは、ひょっとしてH2って「比呂とひかり」でH2なのでは?という疑念です。
それくらい、4人の中で比呂とひかりへのフォーカスが強い。

2人は幼なじみです。過去も含めると英雄と春華に比べて過ごした時間が多いことからも、一緒に登場する場面が多くなるのは自然なことでしょう。
幼なじみだからこそ、2人で分かち合える、乗り越えられる、そういうシーンも終盤で登場します。

今回読み返してみると、そういったシーンが特に印象的で、H2の物語は基本的に比呂とひかりの心の動きを中心に描かれていることが分かってきました。


『H2』というタイトルに関しては、『漫画家本Vol.6 あだち充本』のインタビューにおいて、あだち充先生ご本人が担当編集の三上さんに連載開始時にこういうお話をされているそうです。

「ヒーローふたり、ヒロインふたりだから『H2』。2塁打って意味じゃない」


なので、最初の段階で4人の話というのが設定としてあって、ヒーローふたり、ヒロインふたりで『H2』というタイトルになったと。



一方で、前述のあだち充本で、H2に関するインタビューでは以下のようなことが語られています。


(前略)これまでの漫画は、主人公とヒロインがいてなんだかんだあったとしても最後はふたりは一緒になるんだろうということはわかってた。でも「H2」は四角関係という設定をつくったので、どうにでもできると思いました。最後の最後まで比呂とひかりはどっちにいくかわからない展開になります。


ここで、「比呂とひかりは」と語られているように、物語の構成上、やはりH2はこの2人を中心にして展開していると認識して良さそうです。
もし、四角関係という設定がなければ、紆余曲折があって、比呂とひかりが一緒になる話になっていたかもしれませんね。



▪️メインヒロインはひかり?



私が比呂とひかりの物語と思うくらいに、ひかりは物語の中心にいて、もう1人のヒロインである春華と比べると明らかに登場回数が多いです。

なので、ヒロインはひかりと春華の2人だけど、物語の構成や幼なじみという設定上、ひかりがメインヒロインという認識を多くの人が持っている可能性は高いと私は思っていました。
登場回数が多いということは、それだけ読者が感情移入する機会が多くなりやすいはずです。


私がひかり派であるもうひとつの理由がここにあります。
目にする回数が多い分、愛着が湧いたんですね。


恐らく、初めてH2を読んだとき、私の中にはひかりを応援する気持ちがありました。
どういう結末が幸せかは分からないけれど、何とかひかりと比呂には幸せになって欲しい。
ただ、英雄と春華を単純に悪役にできるような話ではない!だから難しくて面白い!
そんな風に考えていたんじゃないかと。


春華の魅力が溢れる名シーンはたくさんあって、とても可愛いです。
ただ、ひかりの登場する名シーンは春華のそれよりも多く、やはり負けず劣らず魅力が爆発しています。

終電を逃し、急遽、比呂と2人きりで泊まることになったとき、意識して眠れなくなったり、
比呂と春華のキスを目撃してしまい、気にしていないつもりが、先週借りたつまらない映画をまた借りてきてしまったり、
比呂のことを意識してしまう自分を知って、英雄との時間を無理矢理増やそうとしたところに、比呂と春華が現れるもんだから、イライラして感情が露わになったりします。

どうですか。めちゃくちゃ可愛いじゃないですか。



そういった心の動きや葛藤、嫉妬みたいなものが、春華に比べて随分多く描かれています。


なので、どうしたって読者の目にはひかりの方が魅力的に映っているし、比呂とひかりにくっついて欲しい読者が多いんじゃないかと思っていました。



▪️人気投票ではどちらが上位?


ところが、前述のあだち充本で、担当編集の木暮義隆さんへのインタビューで以下のように書かれてあり、驚愕しました。

「(前略)ただ、国見比呂が雨宮ひかりと古賀春華のどちらを選ぶのか混沌としていたタイミングでもありました。僕自身はひかりが大好きだったので、ひかりとの純愛を貫いて欲しいと思いながらも直前に登場キャラクターの人気投票をしたら、ひかりよりも春華の方が断然人気が高かった。(後略)」


どのタイミングで人気投票を行うかによって、票数は変わってくるでしょうが、まさかひかりの方が断然人気が「ない」とは……。

2017年に行われた『ADC38総選挙』という企画においても、
春華が浅倉南若松みゆきに次ぐ堂々3位に入ったの対し、ひかりはなんと7位。
どうなってんだよ……。それなら浅倉南が1位なんて八百長じゃないの?絶対おかしいよ。


正直、この結果を知って、「ひかりっていかにも男が好きそうなタイプじゃん」というようなディスが聞こえてきそうで、自分の感性を脅かされるような思いでした。
ひかりのことが好きなファンの方のブログでも探さないと気持ちの整理が大変です……。


この結果は、ひかりの態度がある種の「浮気」であるという判断がされてのものなのでしょうか。多くの読者には春華が一途に映って好感度が高くなっているのかな。

もし、ひかりのことが大嫌いという方がおられるのであれば、ひかりの態度や心情について、できる限り丁寧な説明を行うことによってひかりへの嫌悪感を和らげていくことが、今回の裏テーマになるかもしれません。




と、長くなってしまいましたが、ここではひかりへの愛を語るとともに、
H2の物語は、基本的に比呂とひかりを中心に描かれているという私の解釈をお話ししておきたかったのです。


比呂とひかりはもちろんですが、英雄と春華もそれぞれ真っ直ぐで素直でとても魅力的です。
(野田も木根も小山内も柳も佐川も広田もみんな魅力があります)
魅力のある人柄だからこそ、4人の関係性がどんどん複雑になっていきます。
それぞれの気持ちがどんな風に動いて、どんな風に惹かれ、何に嫉妬したり、葛藤したりするのか。


前振りが長くなりましたが、ここまでは序論とし、次回から本論とさせていただきます。